精神医学が今日的な意味の学問体系を指すようになるのは、 1850 年ごろからヨーロッパ各地の大学医学部が必要な講座としてこれを設置しはじめてからである。当時の精神医学は、「精神病は脳病である」(W.グリージンガー)という言葉が象徴するように,疾患の本態を脳内に求める身体論的方向をめざすものだった。精神疾患は、こうして神経学者たちの専門となった。またその一方で,遺伝・素因・体質などの要因を重視する内因論の方向が、19世紀末にクレペリン、クルト・シュナイダーらにより、症状に基づいた疾病単位の分類をなしとげて一応の完成にいたった(記述的精神医学)。
2007年03月19日
浦島太郎状態
精神医学(Psychiatrie:ドイツ語)という言葉は、1808 年にドイツの医学者ライルJ.C.Reilによってつくられた。 その発端は、啓蒙思想の残響を受けながら18 世紀後半から 19 世紀前半に取り組まれた精神病者の解放運動によって徐々に構築されていったものである。それまで精神病者は「狂人」として、収容施設や療養院に拘束され非人間的な処遇を受けていた。(ガス室で虐殺されることさえあった。)これに対して、ヨーロッパ各地に精神病者へのこうした非人間的処遇に反対して立ち上がる人が登場した。 たとえばイギリスのヨーク市に理想的な施設「ヨーク・リトリートYork Retreat」をつくったクエーカー教徒の商人チューク、「狂者を直接に治すことができるのは精神治療しかない」として収容所の改革を説いた前述のライル、バイロイト近郊の施設を模範的な精神病院に建てかえ、病者と生活を共にした同じくドイツの医師ランガーマンJ.G.Langermannらがその例である。その中でも特にフランスのピネルが、1793 年に、パリ近郊のビセートル病院で患者を鉄鎖から解放した事績は有名である。ピネルは精神病院の改革者として行動すると同時に、 1801 年には『精神疾患に関する医学‐哲学的論考』を著して「近代精神医学の父」とみなされている。
精神医学が今日的な意味の学問体系を指すようになるのは、 1850 年ごろからヨーロッパ各地の大学医学部が必要な講座としてこれを設置しはじめてからである。当時の精神医学は、「精神病は脳病である」(W.グリージンガー)という言葉が象徴するように,疾患の本態を脳内に求める身体論的方向をめざすものだった。精神疾患は、こうして神経学者たちの専門となった。またその一方で,遺伝・素因・体質などの要因を重視する内因論の方向が、19世紀末にクレペリン、クルト・シュナイダーらにより、症状に基づいた疾病単位の分類をなしとげて一応の完成にいたった(記述的精神医学)。
精神医学が今日的な意味の学問体系を指すようになるのは、 1850 年ごろからヨーロッパ各地の大学医学部が必要な講座としてこれを設置しはじめてからである。当時の精神医学は、「精神病は脳病である」(W.グリージンガー)という言葉が象徴するように,疾患の本態を脳内に求める身体論的方向をめざすものだった。精神疾患は、こうして神経学者たちの専門となった。またその一方で,遺伝・素因・体質などの要因を重視する内因論の方向が、19世紀末にクレペリン、クルト・シュナイダーらにより、症状に基づいた疾病単位の分類をなしとげて一応の完成にいたった(記述的精神医学)。
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